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■近づく
近づくという話。です。
おずぃぢゃないですよ。
さっきのめるまがの続きなわけですが
達成感という話をしました。
本当にしたいことでないと
達成感って得られなかったという話。
がり勉君だったけど
それは人にほめられたり
お母さんに認めてもらいたいためにしていた。
でも、やってもやっても
本当の達成感、充実感、誇りはなかった。
で、本当にしたかったギターをはじめたら
はじめたということ自体に達成感があったということ。
ただ、ギターを始めたというそれだけなのですが
その過程には、道のりというのがあったわけです。
無意味な自問自答というか。
やっても無駄だとか。
今からやっても遅すぎるよとか。
また、途中であきちゃったらどうしようとか。
練習嫌いじゃんとか。
でも、それでもなお、
本当にやりたいからやった。というところ。
そっちに自分で近づいていって
やりはじめたというところ。
この部分がきっとすごいんです。
で、逆もあるんです。
自分の生きてきた中で
誇るべきときがあるか、みてみると、
いやなことをやめたとき、
というのも、そうだなぁと。
たとえば、僕は高校二年生のときに
家出をしているわけです。
今まで
お母さんのせいで、こんなに人生くだらなくなったとか
当時は思っていた。
だから、本当にお母さんのせいなのか
お母さんに養われている身で文句なんか言えるのか。
そうして、
家を出ました。
怖かったですよ。
仕事もってなかったし。
肩書きは高校中退だし。
まだ、未成年だし。
仕事もそんなにあるわけではない。
そんなこともわかっていた。
でも、出た。
家にいることをやめた。
人のせいにすることをやめた。
自分で責任をとって
選ぶ、ということをはじめた。
そして、大変なこともたくさんありました。
もう、書ききれないくらい。
ここから5年くらいのことは
おそらく本10冊分ぐらいになると思います。
でも、とにかく挑戦した。
やりたくないことをやめる、ということ。
これも結構勇気いります。
そして、やめるときは
やめたら、すべておわりになるんじゃないかと
ときに思います。
でも、やめてみると
いかに狭い思い込みの世界に生きていたか。
を知ることになります。
絶対、こうじゃないきゃいけない、と思っていたことが
別にそんなものなくても、もっと楽に生きていけたり
楽しい世界が広がっていたり。
やめてみることで
遠ざかることで、見えるもの。
そういうのがいかにもたしかにあった。
いやなことはやめてしまえばいいんだと
今でも思います。
ただ、高校中退したり
家出をしたりは推奨しません。
結構、大変ですから。
当時は、いろんな環境も重なっていて
ある程度の目算はたてていました。
でも、やめたいと心底思っているもの。
それはやめてみてもいいかもしれない。
やめることで
想像もできなかった
自分にとって大切な何かが
近づいてくるかもしれない。
■RE:達成感
前回のメルマガにメールをいただきました。
> おずさん、
>
> いつもメールを読ませてもらってるロンともうします
> 初めまして。
>
> 今日は返信せずにはいられませんでした。
>
> 達成感の話
>
> 本当にそうだと思います。
>
> 私もおずさんのように以前ガリベンでしたが、
> 他者からの評価を意識する
>
> 勉強や活動
>
> というのは、達成しても
>
> 見返りや賞賛が絶対必要
> (ないと怒りが湧く)
>
> というのに気づいてしまいました。
>
> たとえば
> TOEIC
> という英語の試験がありますよね、
> 結構高得点(800点代)
> を努力してとったのですが
>
> これをとったことによって、
> 投資したお金のもととりたい
> という気持ちが発生する自分というのがいました。
>
> だから給料アップなり
> キャリアップなりにつながらないと
> 怒りがわく。
>
> しかも
> なんでこんな勉強したんだろ
> と後悔すらしている自分がいるのです。
>
> そういう自分を発見して
> ショックでもありました。
>
> それ以来
>
> 見返りなしで楽しいことを自分の許すようになりました。
>
> やってみたかったフランス語を習いはじめる
> 好きな本をただただ読みふける
> 興味対象に一貫性がなくても気にせずつまみ食いする(笑)
> 目的もなくウィンドウショッピングする
>
> しかもすべて自分のペース。
>
> それを許すのは勇気がいることでもあり
> 最初はとまどい気味でした。
>
> でもそれを続けていると
> 自分のセンサーがだんだんと
> よい動きをすることに
> 気づいて楽しくなっているんです。
>
> まったく新しい友人ができたり
> 夫婦仲がよくなったり
> 生活に無駄がなくなったり
> これっていい!と思う音楽に出会ったり
>
> いいことがたくさんおこってきます。
>
> なんというか、
> 生きてて楽しいな
> と思えるようになってきたんですね。
>
> 楽しさの展開に身を任せる
>
> カンタンなようで難しいことですね。
>
> これからもおずさんのメルマガ楽しみにしていますが、
> おずさん自身が「楽しく感じること」を大切にしてください。
>
> ではでは
メールありがとうございます。
賞賛が必要になるんですよね、本当にしたくないことって。
それで得られないと怒りを感じる。
ただ、その最中の人って
それに気づくことが容易ではないかもしれません。
当時の僕に、
それは本当にしたいことじゃないんじゃないの?
と言っても、いいや、これは本当に自分がしたいことだ
と言い張ったと思います。
あ、そうそう。
で、当時は本当にそれ以外のことに目もくれず。
中学2年生ぐらいのときに、小学校のときから気になってた女の子から
「一緒に帰ろう」って誘われたことがあったんですが
「いや、俺はそういうこと興味ないから」って断ったことがあります。
今、思うとね。
ほんと、あのときの自分を殴りたい。
ばかじゃないかと思う。
でも、当時はそれが生きる道なわけです。
もう一件、届いています。
> おずさん、はじめてメールをさせていただきます。
> Uと申します。
>
>
> おずさんのメールは
> 以前より購読させていただいており、
> 日給8万円も購入し、目下実践中です。
>
>
> 本日のメール、
> たったいま読ませていただきました。
>
>
> 読み終わったいま、
> 全身の血がザワザワいっています。
>
>
> その勢いでメールをしています。
>
> 達成感は自分が本当にしたいことを
> したときにだけ、得られる・・・
>
>
> たぶん・・
>
> おそらく・・
>
> きっと・・・
>
>
> きっと、きっと そうなのだろうと思います。
>
>
> 実はまったくの私事なのですが
> 私は趣味で写真をやっておりまして
> 来週グループ展をおこなう予定です。
>
>
> ここ数日作品のことで悩んでいました。
> グループ展を何度か行い、
> 公募展などで入選し
>
>
> ちょっとだけ、
> 初心者に毛がはえたような状態になって
>
>
> ここ数日、
> 良い作品をつくらなければ・・・と
> 変な気負いのようなものに
> つぶされそうになっていました。
>
>
> 初めてカメラを手にしシャッターを切った瞬間の気持ち・・・
>
> 初めて自分の写真をプリントし額におさめた時のこと・・・
>
> 思い出しました。
>
>
> おずさんのメールを読んで
> いま、体内に 『いい』ものが廻っている気がします。
>
>
> 作品が仕上げられそうです。
>
>
> 感動の勢いで、
> 私ごとばかりのメールですみません。
>
>
> メルマガを読んで涙が出たのは
> はじめてです。
>
>
> ありがとうございました。
>
>
> これからも、
> ”おずさんのメルマガ”を発行し続けてください。
> 楽しみにしております。
メールありがとうございます。
> ここ数日、
> 良い作品をつくらなければ・・・と
> 変な気負いのようなものに
> つぶされそうになっていました。
この気持ち、分かる気がします。
たぶん、表現する人が必ず通るものなんじゃないでしょうか。
最初のときのあのいたずらのような感覚。
あれはきっと無敵ですね。
僕も初めて曲つくったときなんかは
「みんな簡単なコード構造だし、なんか作れちゃうんじゃないか」
と思ってやってみたことがありましたが
実に気楽でしたね。
無責任に、やってみちゃえばいいんだと思います。
■編集後記
やめることとはじめること。
そこに生きることの楽しさが
僕の場合はあるようです。
やめることも悪ではなくて
かつては必要だったけど
もう必要なくなったということ。
今思い返すと、やめたことから
やめる前の時点でもらったもの
得たものというのもまた
多く、あるんです。
