
ブログランキング
おずぃぢゃ。
トラブル続きだという人へ。
なにをしてもうまくいかない。
うまくいかないどころか、
災難がふってくる。
まるで
自分を狙い打ってくるかのように
降りかかる災難。
守ろうとした人から傷つけられたり、
いつまでたっても、孤独であったり、
する人へ。
こういうときの魔法の言葉があるのぢゃ。
自分を許す。
自分を許します。
思っていなくてもいいから
そういってご覧。
そうつぶやいてごらん。
そして、その上で
第二段階がある。
なにをやっても困難しかない。
災難しかないという方向性。
これはそっちが
「自分が本当にしたいことではない」
という、
自分自身からのメッセージかもしれない。
人は、同時に複数の箇所に存在する。
生きて、この地に立っている自分。
そして、死ぬ前にいたところ
死んだ後にいくところにいる自分。
いわゆる「あっちの世界」から
そなたをみている、
もう一人の自分がいる。
そのもうひとりの自分は
つねに今いる自分に語りかける。
直感、または感情というシグナルで。
多くの人が言う
「神様からの伝言」とか
「神からの啓示」の招待は
実は、この「もうひとりの自分」からのメッセージなのぢゃ。
そして、それは、
「出来事」または「イベント」という形で
語りかけることもある。
「そっちじゃないよ」とか
「そう、そっちだよ」とか。
このサインの特徴は
本人にしか、分からない、ということぢゃ。
したがって、
人の数だけ、道があり、
人の数だけ方法がある。
他の人のとって、できなかったことでも
そなたにとってはその道が近道のことがある。
そして、
なにより、
自分自身がいきたい方向。
それは、人に聞いても分からない。
誰も教えてくれない。
それだけが知りたいのに
そのことこそ、知りたいのに
それを教えてくれないことに
憤っている人がたくさんいる。
しかし、そのシグナルは
常にそなたに向かって発せられている。
問題は
シグナルが発せられているかどうか、ではなく、
そなたが、それを聞く気があるか、どうかぢゃ。
たとえ、それを聞いたとしても
自慢してまわっていても意味がない。
私は直感が受け取れる人間なのだと主張したところで
誰もほめてはくれない。
直感は、シグナルは、感情は
そなたが判断し、決断し、行動することに価値がある。
そして、その最初の一歩は
自分を許し、自分を信じること。
人を信じることはない。
自分を信じられない人が
人を信じても
それは依存にすぎない。
依存から始まった関係は
最初は感激し、
不満に終わる。
依存し続けることは
できないのだから。
自分へのシグナルは
自分しか
受け取ることができないのだから。
続くトラブル、裏切り、災難。
それは、
自分を許し、信じ、
道を修正するチャンスぢゃ。

