おずぃぢゃ。
年の瀬ぢゃのう。
■選ばれた人
選ばれた人
という話ぢゃ。
人は
選ばれた人とか
選ばれなかった人とか、
自分は選ばれたとか
自分は選ばれなかったとか
言ったり
言われたり
思ったり
するかもしれない。
守護霊という立場で
お伝えできることは
生まれて
今、生きている人々は
ひとり残らず
選ばれた人ぢゃ。
そう、そなたも。
そなたが生まれたことで
実は、生まれていない存在というのがいる。
生まれる際
記憶が消えるので
そのことは覚えていない。
しかし、
ひとついえることは
生まれる前に、
もうひとつの物語
があった。
競争に勝ったから
生まれたのではない。
合意があって
はじめて生まれる。
生まれるということは
物理的にみて
目に見えるレベルで言っても
ひとりでは
成しえない。
母親がいて、
父親がいて、
それらをまた
守ろうとする者がいて
はじめて
成しえる。
合意なくして、
選ばれることなくしては
生まれることすら
できない。
たとえ
事故のような生まれ方であっても
たとえ
生まれた後、捨てられたとしても
そなたは
選ばれ、生まれた。
そのことは
知っておくといいかもしれない。
これを聴いて
自分なんかではなく
他の人が生まれればよかった。
生まれて申し訳ない
などと思う人がいるかもしれない。
わしは否定も肯定もしない。
そなたがそう思うのなら
そうかもしれない。
しかし、
選ばれたからには
理由というのがある。
そなたがそなたである理由。
それは誰も教えてはくれない。
しかし、
ときに眠れない真夜中などに
何をしても満たされぬ日に
ふと思うぢゃろう。
どうしようもなく、
意味もなく、
眠れない夜に。
なぜ、自分は自分なのかと。
そなたは既に
答えを知っている。
それを確かめに
来ているのだから。
行ってみなさい。
その先に。
体験するために
生まれてきたのだから。
かなえる為に
生まれてきたのだから。
