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おずぃぢゃ。
あけたみたいぢゃのぉ。
■狭間
狭間、という話ぢゃ。
この世界、
つまり、そなたたちがいる世界。
その世界は
ひとつの世界ぢゃ。
目に見える世界。
そして、
目に見えるものは
必ず、目には見えないものに支えられている。
例えば、
樹木をみてみよう。
木は地面に生えている。
見える部分は
幹から上の部分。
緑生い茂る部分。
しかし、
その下には、実に
目に見える高さの
三倍もの深さの根というものがある。
これが目には見えないもの、ぢゃ。
このように。
目には見えるもの、
それには、必ず、目には見えないものがある。
「ある」ものは、
必ず、「ない」ものに支えられている。
そして、通常、
見えている世界から、
見えていない世界を見ることはない。
これが、
たとえ話というものぢゃ。
目には見えないもの。
わしら守護霊も
そのひとつじゃのぉ。
この目には見えないものというのは
はるか遠くにあるものではなく、
現実世界、
目に見える世界に
ちょうと折り重なるようにして、
言うなれば「裏側」に存在する。
わしらにしたら
こちらが表で、
そちらが、裏なのじゃがのぉ。
表と裏。
こちらとむこう。
ふたつの
相反する世界。
これらには
狭間、というのが存在する。
狭間、間、境界線。とも
言える。
これらは、
普段、通常は見えない。
みえないことになっている。
それが摂理であり、
秩序じゃ。
しかし、ときとして
この狭間が、目に見えてしまう場合がある。
ふと、突然に現れる穴のように。
それは
「壊れる」ことによって現れる。
通常のこと、
普通のこと、
それらがふとしたときに
壊れることがある。
普段の営みの中では
現れることのないもの。
それが
ふとしたときに現れる。
そう、
壊れることによって。
例えば、おず君。
彼の脳の一部は、まさに壊れておる。
笑い話でもあるが
シリアスな話でもある。
彼は物心付く前に、
軽い事故にあっている。
そのときに、
脳の一部が損傷を受けた。
一時的に壊れた部分が生まれた。
予定にないことだった。
その予定外の
歪み、時空のずれ。
そこに通常ではないもの、が
入り込んだ。
そのひとつが、わしと
話をしている、ということぢゃ。
これを言うと
自分を壊しに行くものがいるかもしれない。
予め言っておくと
自分の意思で自分を壊してもなにも起きない。
それは意思という予定された行動だから。
意思以外のもの。
予定以外のもの。
通常ではない出来事。
そこに、「それ」が宿ることがある。
いつも、そうだとは限らない。
なぜなら、それは予定外の
ものなのだから。
おず君は
このことを、潜在的に知っている。
すなわち、いつも予定以外のことを、
無意識に求めている傾向がある。
人生にシナリオがあるとすれば、
彼は進んで、そのシナリオから外れようとする。
こっちにいくことになっているな、とわかってしまったら、
どんな安全が保証された道であっても、
ためらいなく、その道を捨てる。
そして、目を見開いて、
坂を駆け下る子どものように
その真っ暗な道に躍り出る。
ある意味、変態ぢゃのぉ。
しかし、わしはときに
彼から深い絶望のようなものを感じることがある。
深く閉ざされていて
わしにすらまだ、見せようとしない何か。
どんな正しい理論や、崇高なお話も
退屈なようぢゃのぉ。
彼は何かを探しているようぢゃ。
自分と、自分でないものの、狭間。
向こうとこちら側の間の部分。

