私たちは光の中に、色にあふれた世界の中に、生きている。本人が気づこうが気づくまいが、既に、信じられないほど、美しい世界の中に、仕組みの中に、立っている。そして、それに気づくか、気づかないかは、まさに自由。自に由るものである。
2日目
まだ、暗いうちに目がさめた。
暗いうちとはいっても、
この時期のドイツは8時ぐらいに明るくなるものだから
べらぼうに朝早かったわけではないだろう。

8時に朝食をとった。
みんなで食べる。
パンとサラダとハムの簡単な食事。
でも、そのほとんどが、ここの学校の生徒が主体になって
作っている作物で、バイオダイナミック農法という
シュタイナー独自の有機農法で作られたものである。
食べたとき、にんじんが甘いと感じた。
また、肉が中心の食事が多いヨーロッパで
サラダが食べられるのはありがたいことだった。
食事の後、9時から、生徒全員でミーティング。
その日の仕事の分担や、授業のスケジュールを確認する。
11時から「フォルメン」の授業だった。※フォルメンとはなにかについては後述
それまでの2時間の間で
日本人のOさんが、学校の案内をしてくれた。

これがJugendseminaの入り口。

食物倉庫。
ひとつではなく、いくつかある。

ここはにんじんとじゃがいもがおいてあった。
歩きながら、ここ、Jugendseminaについての話を聞いた。
ここはなにをするところなのか。
ひとことで言うのは難しい、とまず言われた。
その上で、「色んな体験をする場」との答えをもらった。
Jugendseminaとは、大人のための、
1年教育みたいなもので、
ドイツの思想家、ルドルフ・シュタイナーの人智学(アントロポゾフィー)
という思想にもとずいている。
人智学。これこそは、ひとことで言うのは難しい。
というより、いえないだろう。
しかし、なにについての学問かは言うことができる。
それは「人間についての学問」と私は捉えている。
人間とは、なんなのか。
この壮大な問いを、人智学は扱っていると私は思う。
しかし、私もまだ、非常に部分的にしか知らず、
しっかりと、本すら読んでいない。
私が読んだのは
この哲学にもとづいた学校が、どのような授業をしているか、
のみであり、人智学そのものについて扱った本すら、まだ読んでいない。
従って、中途半端な理解のまま、伝えれば
そこには少なからず、誤解が生じる。
よって、私がここで人智学とは何かについて
伝えるのは適切ではないと考える。
ただひとこと、言うなれば、この思想には
「人間とは生まれ変わる」という根底がある。
そして、その考え方をもとに、教育がなされている。
私がもっとも求め、ひかれていたのは、まさにこの部分なのである。
人間は死ぬまでに3%しか能力を使わないで死ぬといわれる。
あとの97%はなんなのか。
実に興味があるし、今の自分、今のあり方は非常に
部分的な気がして、ならなかった。
話をすすめよう。
ここJugendseminaでは
主に、生徒はふたつの活動をする。
ひとつは、授業を受ける。
シュタイナー教育関連に限らず、
実に多彩な教師が、ドイツ国内に限らず、各地からやってくる。
音楽、農業、天文学、芸術、幾何学、
スポーツ、武道、オイリュトミーと呼ばれる、ダンスのようなもの。
実に多彩であり、それらは、知識よりも体験が重視される。
そして、テストはない。
もうひとつは労働。
エンゲンのJugendseminaは広大な敷地を有しており、
にんじん、じゃがいも、たまねぎ、りんご、ハーブなどを栽培し、
牛ややぎ、にわとりを飼っている。
育て方がまた、独特で
天体の動きを考慮しながら、ゴミを効率よく肥料にし、
また、鉱石、クリスタルなどを粉末にして、撒いたり、
実に様々な要素をとりいれながら、育てる。
これもまた、シュタイナーの思想である人智学
(アントロポゾフィーとドイツでは言う)に基づいたものであり
「バイオダイナミック農法」と呼ばれる。
育ちも味も栄養も異なってくるようであり、
なによりも、それにかかわる人間を意識したもののようである。
しかし、いかんせん、これも、知識不足である。
私にわかるのは、朝食にでる、にんじんのスライスや
リンゴのジュース、生クリームなどが実においしく、
便通がよくなり、
早朝に頭が冴えるようになったことぐらいである。

案内を一通りしてもらい、御礼を言い、
そして、最初の授業。
それはフォルメンと呼ばれる授業だった。
シュタイナーの小学校では、このフォルメンを最初にやる。
線と曲線を書く。
最初、ひたすら、ノートにクレヨンで線を書く。
これが本当にシュタイナー学校の最初の授業なのである。
子どもは最初、書くということがなれていない。
えんぴつのような先の細いものを、枠にあてはめて、字を書くことは
子どもの全身を硬直させる。
シュタイナーの小学校では、ブロックのようなクレヨンを使う。
四角い、かなり強く描いても折れることのない、クレヨン。
しかも、このクレヨン、間違って食べても大丈夫なのである。
蜜蝋というものでできている。
はちみつのにおいがほのかに香る。
それでいて、消毒作用、防虫作用もあるらしく、虫がたかることがない。
これはドイツのシュトックマーという会社がだしているものなのだが、
このような、徹底的に使う側に立ったものづくりの精神には
本当に脱帽する。
ドイツでは、ものを作る職人をマイスターと言い
大学を卒業した人か、それ以上な地位をもち、尊敬もされている。
職人とは誇りなのである。
料理であれ、家具であれ、楽器であれ、
ここの職人、手による仕事は、なみなみならぬ誇りを感じる。
フォルメンの授業を終え、昼食をとる。
その後、しばらく休憩して、私たちは、エンゲン在住の日本人の方の
お茶会にご招待された。
散歩をしながら、Oさんに
エンゲンの町を案内してもらい、
そして、お茶会へと向かった。
エンゲンの町。
ここの町では、家同士がくっついている。

そして、非常に静かだった。

家がいっぱいあるのに、ひとけを感じない。
しかし、寂しい町、というわけでもない。

ときどき、教会の鐘がなりひびき、
カソリック独特の雰囲気をかもし出していた。

やがて、在住日本人のFさん宅にたどりついた。
そして、そこで自家製のチーズケーキを頂きながら
色んな話をした。

愉快だった。
Jugendseminaの日本人の学生3人、Fさん
私ら。
とりとめもない話で笑ってばかりいた。
その中でひとつもりあがった話があった。
「虹はなぜできるか」
プリズムを用意して
暗い部屋で
プリズムに対して光をあてると
壁に虹色の長方形ができる。
シュタイナー教員養成をおえたとある日本人の
理科の模擬授業で行われた実験で、
先生は生徒にこのように問いかけた。
「あの虹の中の虹色それぞれの中にはいって
光を反射しているプリズムをみたら
どんな風に見えると思う?」
私は「プリズムは白く見えて、周りが虹色に見えると思う」と言った。
みんな口々に答えを言った。
そして、次に実際にその色の中に入り、
プリズムを観た。
するとどのように見えたか。
虹色の赤の部分に入ったときは赤、
緑に入ったときは、緑。
青に入ったら、青に見えたのである。
そして、それを体験として、理解したあと、
先生はこのように問いかけた。
「この虹は壁にあたって、虹色に見える。
では、空にできる虹はなににあたって見えている?」
ん?と思った。
確かに、空気にあたっても、色は見えない。
水滴、という答えがあがったが、
水に色の光をあてても、色は見えない。
雲?水蒸気?ちり?
いろんな答えがあがった。
しかし、この答えは結局、だれもわからなかった。
先生は後に答えを教えてくれるのだが、
その答えを聞いて、私は文字通り、感動した。
理科の授業で、感動したことなんて
あれが、いまのところ、最初で最後だった。
あえて、私はこの答えをここでは書かない。
興味がある人は自分で調べて欲しい。
しかし、あらかじめ、いっておく。
この答えはネットにも、物理の教科書にも書いていない。
材料はすでにここに書いてある。
それをつなぎあわせると、答えにたどり着けるはずだ。
ヒントとして、
虹は太陽にむかって、どちら側につねにできるのかを調べるとよいだろう。
また、壁にあてて見えた虹は長方形だったが、空にできる虹は半円である。
それもまた、答えに至る道しるべとなるだろう。
この問いかけ、虹はどういう位置構造でできるのか、は
実に面白い問いかけである。
興味のある人は挑戦してみてほしい。
お茶会でも結局、分かる人はひとりもいなかった。
Oさんは、かつてこのことを考えたことがあり、
それでわかっていたそうで、そのこと自体、すごいと思った。
そして、これをみんなで考えて、話をするだけで
3時間ぐらいの時間を費やしてしまえる、忍耐強さ、
集中力にも、少々の驚きを感じた。
お茶会を終えて、ゼミナールに戻り、夕食をとる。
そして、部屋に戻り、メールの処理をして、一日をおえた。
