話をすること。ただ、自らが感じていること、体験していることを、人の輪の中で、聞く気のある人の輪の中で、話をする。ただ、聞いてもらう。同意も、評価も、アドバイスもすることなく、ただ聞く。共感する。話す。描く。それは、人を自ら進化させ、力強くし、自立させる。自分を知っている者を、誰もコントロールすることはできないのだから。
ここで、エンゲンのJugendseminaについて
万が一、これから来たいという人がこれを見るときのために
知っておくとよいと思われることを書いておこう。
ここ、エンゲンのJugendseminaは全寮制であり、
生徒は一人、ないしは二人の部屋に住んでいる。
部屋は6畳~8畳ほど。
これで一泊15ユーロで、朝昼夜の食事がついている。
ゲストとして来た場合は、同様に一泊30ユーロであるが
労働の時間に生徒と一緒に仕事をすると、一泊15ユーロになり
それでもやはり食事がついている。
これは格安で、助かると言わざるを得ない。
ユースホステルよりも、はるかに安い価格で
普通のレストランで一食、食べれば、だいたい15ユーロになる。
ここではインターネット専用の部屋があり、
そこでラップトップノートパソコンの持ちこみもできる。
3日で5ユーロほど。
また、エンゲンでは、1月15日から6週間ほど
休みになる。
授業と授業の間。
そして、この間に、生徒はここに滞在してもよいし
他の場所にいってもよい。
滞在したり、部屋に荷物を置くのであれば、同じだけの料金がかかる。
だいたいの日本人は、この期間、シュタイナー関係の学校、老人ホーム、
病院などで、仕事を手伝い、これから自分が進む道を模索するとのこと。
そして、そのアレンジも、ここのスタッフが手伝ってくれる。
通常、日本にいて、シュタイナー関係の施設にいきなり手伝いにいったり
見学したりすることなど、不可能に近い。
とくに教育関連は受け入れも難しく、行こうと思って行けるものではない。
しかし、ここJugendseminaは「自分の道を模索する」というテーマが
あり、体験をもとに、労働をし、その中で自分の進む道を決めるという
コンセプトがあるため、受け入れてくれるところも多くなるのかもしれない。
3日目
金曜日であった。
土日は基本的に授業はない。
したがって、この日が週の締めの日となる。
毎日、朝食をおえた後、ミーティングがあり、
そこで合唱をする。
その後、一日の流れを確認し、仕事の分担、授業の班分けなどをする。
この日は
まず、労働を体験させてもらった。
農場でとれたにんじんを
売りものとして市場に出すもの、
ここの食事に供するもの、
家畜にあげるもの、の3ランクに仕分けする仕事である。
どろのついたにんじん。
ヨーロッパ独特の色をしたにんじんである。
とにかく大量にあるので
手早くさっさとやらないと終わらない。
皿洗いの要領で、
ちゃっちゃとこなす。
仕事をし、役に立つ。
これをすると、「ここにいていいのか」みたいな気持ちみたいのがなくなる。
自分はここで必要とされている、みたいな、自信みたいのがでてくる。
おそらく、こういう感覚は
仕事というもの、役に立つということでのみ
生まれる感覚ではなかろうか。
シュタイナー学校では小学校のころから
「手の仕事」などの授業があると聞いている。
それも、こういう気持ち、
地に足のついた体、感覚を養うことをしているのかもしれない。
仕事をしながら、
ここのスタッフの方に話を聞いた。
ここのにんじんは
バイオダイナミック農法をもとに作られているのか、と聞いた。
※バイオダイナミック農法・・・有機農法の一種で、普通のと違う点は
天体の運行を考慮して、植える時期、収穫する時期を決める農法。
鉱石なども使う。
そうだ、とのこと。
天体の運行をとりいれるというのがいまいちよくわからないのだが
それをするのとしないのとでは作物に違いがあるのか、聞いた。
すると多いにあるとのことで、
例えば、天体の配置からみて「植えるのによい時期」に
植えると、収穫した後、なかなか痛まず、腐りにくいのだと言う。
逆に、植えるのに適さない時期に植えると
作物は大きくならず、すぐに腐ってしまうそうだ。
この話を聞いたとき、チベット医学の話を思い出した。
「理性のゆらぎ」という青山さんが書いたアーユルベーダの本で
紹介されていたチベット医学では、
月の満ち欠けや、時間をすごく大切にして、
薬となるものを育てるのだそうだ。
また、金、銀の粉なども薬として使うのだが、
それを月の光に何日間あてるとか、
特定の言葉(マントラ)を唱えながら収穫するなどするらしい。
これを聞けば大抵の人は
怪しいと思うだろう。
そして、その感覚は正常だし、
現代にあっては、必要なもの、とすら感じる。
そういう「不思議さ」を売りにした、
悪徳商法はごまんと存在し、
実に繁盛しているようである。
しかし、一方では
静かに受け継がれる、太古の知識は、実際に存在すると思う。
それに出会うか出会わないか、
見抜けるか、見抜けないかは、
まさに、自身の生き方にかかっている気がする。
現実から目をそむけ、逃避と依存を動機にした場合、
必ずと言ってよいほど、見事に騙される。
または、本物に出会っても、本物であることが分からない。
人によっては、恐れすらする。
恐れて、あらを見つけ、被害者になる。
本物に出会うには、
実力がいる。
体力と精神力、そして、集中力がいる。
しかし、一方で、
そうしたものは、
求めてやまないときはなかなか姿をあらわさないくせに、
あきらめて忘れたころ、ひょいっと姿を現すこともある気がする。
話が大幅にそれた。
シュタイナーが本物かどうかは、まだ、分からない。
しかし、自分が本当にやりたいことにとても近い気がしていた。
それがたとえ、なんであれ、自分が自分を明らかにしていく上で
役にたつものであることは、確信に近いものがあった。
ただし、こうしてドイツにまで来る前には
いろいろと日本でシュタイナー関連の施設などをまわったことがあった。
そのどれもが、私自身にとって、しっくりとくるものではなかった。
それが本物であるかとか、いんちきであるとか、そういう話ではない。
自分がしたいこと、探しているものがそこにはないような気がした。
そうでなければ、わざわざ、ドイツまで、来ることもなかった。
逆に言えば、そう感じるシチュエーションがあったから
ドイツまで来た、ともいえるかもしれない。
労働を終えて、昼食をとり、休憩。
2時ごろから、少し離れた場所で「絵」を描いた。

そこは、アトリエだった。
暖炉があり、作業場独特のにおいがあって、
やさしい顔をした、ドイツ人が出迎えてくれた。
絵を書く時にテーマが与えられた。
「硬いものと柔らかいもの」
相反するものが世界にはある。
男と女、昼と夜・・・。
そのふたつを一緒に描けたらいいね。
音楽がかけられ、
一斉に絵を描いた。
僕は、何も考えずに描き始めた。
真ん中に硬い丸い黄色を書き、
そこから、流れ出るやわらかいもの。
無心に描いているうちに、それが目の形にみえ、
また、そう描きたいと感じた。
目を書いていると、
そこから「意志」を感じた。
そして、そこから流れ出る涙。
それは、常に移ろいかわりゆく「現実」にみえた。
硬いものと、柔らかいもの、
それは、絵という体験を通して
「目」というシンボルのもと
「意志」と「現実」という物語をつむぎだした。

完成した絵をみんなで囲み、
描いてどんな気持ちがしたか、何を描いたのかを
話あった。
ここではよく、こうして話をする。
自分のこと、感じてること、思っていること。
そうしたものを、扱う時間をとても大切にとる。
この日、実は、昼食の後に、
エンゲンのJugendseminaの統括をしているサンドラが
「どんなことをみたり、体験したりしたいと思っているか」について
日本の学生さんが翻訳を手伝ってくれて、
時間をとってくれた。
その中でも、自分がなにをしてきて、どうしてここにきて、
どんな価値を得て帰りたいと思っているのかを話した。
すると、サンドラは、教育に興味があるという私のために
シュタイナーの小学校の授業を見学させてもらえるように、
お願いしてみる、と伝えてくれた。
とても嬉しかったのと同時に、
非常に多忙にも関わらず、関わる人を大切にする凄みを感じた。
本当に大切にする。
なんの見返りもないはずなのに。
私はなによりも、この「人を大切にする」ところに
人智学(アントロポゾフィー)的なものを感じる。
なにも特別なことでもなんでもないといえば、確かにそうなのだが、
本当に大切にするのである。
なんと言えば、よいのか。
今はこのようにしか言えない。
授業を終え、宿舎兼学校に戻る。
夕食を食べた後、広大な庭の一角にある、
インディアンみたいな家で、焚き火を囲みながら、
今週一日あったことを振り帰り、
自分が体験したこと、思ったことを順番に話した。
そこでは単にあったことを羅列する、というよりかは
漠然と感じていたものを、「描き出す」という、
模索のような試みに感じた。
表現しなければ、表されることのない、
言葉の連なり。
自分しか、見ることのできない、
感覚の認識。

僕は、かつて小学校で教員であったこと、
日本の公教育はどうしても好きになれなかったこと、
シュタイナー教育に興味があって、ここに来ていること、
そして、ここにいる人のやさしさを感じていることを伝えた。
終えて、かえるころには、
すでにへとへとで、部屋に入ったらすぐに寝てしまった。
予想以上にやることがたくさんあり、活動があった。
ここに来て、常に私は「活動」をしていた。
それは心地よい充実感だった。
