教育とは、子どもたちへのかけがいのない贈り物であるべきである。-アルバート・アインシュタイン-
今日は、シュタイナーの小学校に見学に行かせてもらった。
ここの統括をしている人の息子が行っている小学校に
車で連れて行ってもらった。
デジカメを忘れていったのだが、
もしあったとしても、写真は撮らなかっただろう。
教育現場では気軽に写真など撮れるものではない。
ましてや、シュタイナー学校。
子どもの前で、見知らぬ外国人がデジカメなどちらつかせては、
教師側としても、安心できるものではない。
手配をしてくれたサンドラはすごく配慮してくれた。
前もって電話をし、出発のときに手紙をもたせてくれ、
更に相手方の先生のお礼にといって、エンゲンで採れた無農薬のジュースを
もたせてくれた。
信じられない。
たったひとりのゲストのために、ここまでしてくれるなんて。
信頼されていた。
それは力強い何かだった。
私は見知らぬ外国人である。
自分の息子をいかせている小学校の、まさにそのクラスに
見学にいれてもらうことは、相当のリスクを背負う。
私が何かをやらかせば、
息子の教師からの信頼を失い、
そして、同じシュタイナー教育のゼミナールを主催する側としての
信頼を失う。
そして、受け入れてくれる教師の側も、
全くの他人を授業の見学に受け入れるということは、並大抵のことではない。
少なくとも、受け入れた人物は、子どもたちに影響を及ぼす。
ただ、ひとつの学校の、ひとつの授業に、たったひとりの人間を受け入れる、
そのことだけで、限りなく多くの人の手間と信頼と、覚悟が必要となる。
まがいなりにも教師をやったことのある私にとって
その責任の重さは痛いほどよく分かった。
だから、デジカメなんて、もっていく気にもなれなかったし、
ノートすらとらず、昼食と電子辞書、それに、お礼にと渡されたジュースの瓶と
財布。
本当にそれだけだった。
近所の親ごさんが行く車に一緒に乗せて行ってくれた。
まだ夜明け前の雨の降る道路。
まだ、子どもたちも半分寝ている。
車はアウトバーンと呼ばれる高速道路をかなりのスピードで走った。
ドイツは地形がなだらかなので、電車も車もかなりのスピードをだす。
車は大体130キロぐらい。
電車だと300キロぐらいで走る。
やがてついたシュタイナー学校。
そこはまるで、「村」のようだった。
建物はひとつではなく、
真上から見たら丸い、一階建ての木でできた建物がいくつか。
少し大きい、3階建てぐらいの建物がふたつ。
どうやら、ここに1年生~12年生(高校3年生)までの生徒がいるらしい。
サンドラの息子さんに
教室に案内してもらい、2年生の先生に紹介してもらった。
厳しいが優しい感じのする
私の母親ぐらいの年齢にみえる人だった。
先生と挨拶を交わし、
サンドラからの手紙をわたし、
教室に招き入れられた。
先生とは反対側の前側に席があった。
そこに座って観ていて、とのこと。
あとから気づいたが、この前側というのは
案外、見学の先生が来ている時には、適したものかもしれない。
というのも、後ろ側だと
子どもたちが気になって、ちらちら後ろを振り返るのである。
先生は教室の入り口に立ち
登校してくる生徒ひとりひとりに挨拶をし、握手をしていた。
これは本でも読んだ事があった。
こうして、ひとりひとりのその日の状態を調べているのだそうだ。
そして、その日の天候や、子どもの気分によって
例えば、散漫になっていると感じる時は、
音楽の授業を変更して、フォルメン(形を描く)授業にしたり、
実に子どもの状態を第一に授業を進める。
また、観ていて感じたことは、
これは、子どもが安心する。
私が小学校のころ、早くに登校しても
教室には誰もいなかった。
ひどく、寂しく、怖く、また、寒く感じたことを思い出す。
しかし、
こうやって、子どもが来る前に教室に先生が来て、
いろいろと準備し、子どもを出迎え、握手をし、名前を呼び、
教室に招き入れることは、
それだけで、まるで温泉にでもつかっているかのような、
暖かさ、安心を子どもは知らずのうちに感じているのではなかろうか。
この後、子どもの情緒が安定しているのをみて
特にそうを思った。
子どもが全員招き入れられた後は
全員で挨拶をし、私にも「Guten Morgen Herr. Okazaki」と挨拶をしてくれた。
私もGuten Morgenと挨拶をした。
挨拶をみんなで終えた後は
形式的な無意味なことは一切しなかった。
リズムに合わせて、体を動かしたり、
早口言葉のようなことをはじめた。
結構長い時間だった。
私も教師時代、朝の最初にやることは歌にしていた。
この時間、子どもはまだ、半分寝ているので、
そのまま授業に入っても寝ぼけていることが多い。
だから、歌と音楽で、
無理なく自然に、意識を覚ますことができたらと思っていたが
もっと本格的な感じがした。
教室の中を輪になって、
くるくる回りながら、かなり速い動きをしたりする。
どうも、なにかの物語を語っているらしい。
子どもも先生も実に楽しそうに歌っていた。
そうしたダンスをした後、
今日はお誕生日の人がいます、と伝えたうえで
その子のところに火のともされたろうそくがおかれた。
その子はとても嬉しそうだった。
このろうそくがまた立派なのである。
いわゆる「お子様用」のちゃっちいものはこの教室にはひとつもない。
どれもこれもが職人が丹精を込めて作った
一級品のものばかりである。
ろうそくに限らず、おもちゃも
木彫りの蒸気機関車があったが、実に精巧で、大人の私でも見ていて飽きない。
子どもは想像力のかたまりである。
本物を目にすれば、そこから、夢の世界を簡単に作り上げる。
1時間目の授業が始まった。
フォルメン。
日本語に訳されたシュタイナーの本を読むと「図形描画」と訳されるが
ただ、図形を描くのではない。
この部分、曰く言いがたし、
シュタイナー関連は全てそうなのだろうが
「内面との関わり」をすごく重視する。
フォルメンでは、規則的な線や、形を描く。
それは文字とは違う。
しかし、文字に至る過程のようなものである。
私たちは、小学校1年生でいきなり文字を教える。
細いえんぴつで、狭い枠の中に、灰色で書かれた字の上を
寸分たがわず同じように書くことを強要する。
子どもにとって、これはきつい、と
私は感じていた。
息をとめるのである。
体を強張らせるのである。
そして、座っていられない子どもがでたり、
情緒不安定な子がでれば、「いけない子」として、叱る。
どちらがいいかわるいかという話ではない。
しかし、どちらが、教える方としても、教わる方としても
心地よいものであるか、を観た場合、私はシュタイナー教育を選ぶ。
自分が心から子どもにとってよいと思うことを選択できる幸福。
ここの教師は実に幸福ではないかと思った。
フォルメンでは、先がブロックになっている
折れにくいクレヨンで
波の線を描いたり、そのパターンをいくつか描き、ノートに描かせる。
その見本を教師が黒板に書くのだが、
妥協をしない。
私であれば、ちょっとパターンを書いて
「これをこのまま、ノート一杯に描いて」と言うだろう。
しかし、ここでは
黒板の端まで、教師が実際に、丁寧に描く。
すると子どもの内側で、ひとつの輪が閉じる。
そして、それをまねする。
ささいなことであるが、
大きな違いを生む。
フォルメンはことのほか集中力を要する。
先生も、一人一人の生徒をまわり、形が違えば、違いを教える。
よくできた子は褒めてあげる。
簡単なことだからといって、妥協をしない。
しっかりと描かせる。
この授業をおえるころには、
子どもも相当に集中しきった後であり、結構、へとへとになる。
そろそろ、休みたくなる。
そして、そのタイミングでちょうど休み時間になる。
10時ごろだろうか。
この休み時間では、軽い食事をとる。
会社などでも、この時間に軽い食事をとる時間があるらしい。
サンドイッチや、果物など、めいめいもってきたものをとりだし
食べる。
そして、食べた後は、
外に行って、遊ぶ。
12年制なので、高校生の子たちが、小学校低学年と一緒になって遊ぶ。
制服はないので、実に多彩な服装をしている。
特に高校生となると、自己主張がでてくるから、
パンクバンドのボーカリストみたいな姿をしている人もいる。
その人が小学1年生の子と仲良く遊んでいる姿を見て
思わず微笑んでしまった。
休み時間をおえて、教室に戻る。
教室の明かりは消され、係りの子がろうそくに火をともす。
そして、先生は物語をきかせた。
フォルメンの授業で集中し、
休み時間で発散し、
そして、物語の中で定着させる。
そのようなリズム感、緩急が意図的に作られているように感じた。
実に見事と言わざるを得ない。
授業がコマ切れではなく、お互いに関連し合い、
ひとつの流れを作っている。
その後、笛の授業、英語の授業、そして文字を書く授業と行われた。
その緩急によって、無理なく自然に、子どもたちは集中し続ける状態が続いた。
2年生となると、治めることは非常に難しい。
すぐに騒ぎだし、収集がつかくなるクラスを今まで、教員補助時代から
何度も見てきた。
しかし、日本の公立小学校でも、
低学年をうまくまとめている先生は
知ってか、知らずか、この緩急、リズム感が絶妙な人が多かった。
これでこの日の授業を終えた。
午前中だけだったというのに、みているほうもへとへとになってしまった。
本当に集中をすると、午前中の授業だけで、
十分なぐらい、体力を使う。
帰りは電車で帰ってきてと言われていた。
先生にお礼の品を渡し、駅の方向を聞き、歩いた。
そのとき、先生が生徒のひとりに
駅まで道案内をして、と言ってくれたらしく、
女の子が駅まで一緒にきてくれた。
ときどきジェスチャーで話したりすることができた。
駅についたが、電車は発車した直後だった。
女の子に礼を言い、待っていると
さっきの女の子が、友達とふたりで
「お母さんが家へおいでっていってる」と英語で言った。
「電車を待たなければならないから」とお断りしたが、
「まだ、時間があるからおいで」と言う。
たしかに30分以上、時間がある。
「本当に親が招待してくれているの?
君たちだけが言ってるんじゃないだね。」
と何度も確認した。
「そうだ。」
と言う。
近いというので、とりあえず、本当に招待してくれているなら
いかなければ子どもたちも残念かもしれないと思い、
いくだけいってみた。
日本であれば、絶対に有り得ない。
特に教師は、子どもとプライベートで関わることを
暗黙に禁止されている。
それはこのご時世仕方がないことかもしれないが、
よくよく考えると窮屈なことでもある。
女の子の家にたどり着き、親の方が笑顔で出迎えてくれた。
「娘が今日来た日本人の人が電車で乗り遅れたからというので
お茶に誘うように言ったんです。」と言ったのを聞いて、
ほっと一安心。
お言葉に甘えることにした。
お茶をいただきながら、話をするうちに
日本に親戚が3年ぐらいいっていたという話を聞いた。
それでか、と思った。
ドイツの人のなかには、日本に特別な思いをもっている人が
少なからずいる。
かつて第二次大戦中、ドイツと同盟国だった日本は
ナチスの台頭によって、迫害されたユダヤ人の亡命を受け入れ、
保護していた。
その方々や、その方々の親戚の方々が
日本人に未だに恩を感じ、いろいろと手厚い保護をしてくれるのは
未だに話に聞く。
そんな話を聞くたびに、ドイツの方々と、日本の祖先の方々に
感謝と畏敬の念を抱く。
おりがみをおって欲しいと女の子に迫られた。
忘れているかもしれないけど挑戦してみると言うと、
とびあがって、日本で買ってきたというおりがみをもってきた。
僕はなんとか作ろうとしたが、いかんせん、記憶が弱い。
あれこれ試行錯誤しながら、なんとか作った。
娘さんはとても満足そうだった。
お礼にといって、おりがみでおった袋の中にお菓子をつめてくれて
僕にプレゼントしてくれた。
電車の時間が来たので、おいとまをした。
駅まで、また、女の子が見送りに来てくれた。
お礼を言い、手を振ってお別れした。
実に嬉しかった。
