世界は飢えに満ちているのに、職にあぶれている人が山ほどいるのに、なにをいまさら芸術なんか、と思う人がいるかもしれない。世界中で常に必ず戦争が起きているのに、芸術なんかと。結論から言えば、芸術があるから、この程度で済んでいる。芸術がなければ、既に地球に生命は存在していなかったかもしれない。
ドイツ滞在、最後の日となった。
午前中は絵を描く時間。
エポック授業と呼ばれていて、
2週間、ひとつの科目を毎日、午前中にする。
それは日本の学校のような
細切れの時間割で進める教育からは
想像もつかないぐらい、徹底して深める、ということをする。
特にシュタイナー教育を実践する小学校などでは
これを大切にしている。
算数なら算数。
国語なら国語。
それを2週間ぐらい、徹底して決められた時間に行うのである。
それをすると、例えば9科目あったとして
算数のエポックをおえて、次に算数をするのは3ヶ月先ということが起こる。
そんなに先にやったら
前にしたことは忘れるのではないか、という心配がでてくる。
それについて、シュタイナー教育の先生は
「忘れたほうがよい」「忘れなければならない」
と言うそうである。
例があげられた。
例えばにんじんを食べた時、
にんじんはかみくだかかれて、原形を残さない。
粉々になり、
液体となって、腸を通って、吸収される。
にんじんは、なくなったのではなく、
形を変えて、食べた人の力となり、エネルギーとなる。
同様にして
教育もまた、集中的に浸り、味わい、学んだ後は
それを完全に忘れ、無意識の底にまで定着させる。
・・・というのである。
これを聞いたとき、私は深く共感した。
そして、それはテスト、評価を常に行っていなければならない
日本の公教育では実践できないものであると感じざるを得なかった。
絵のエポック。
前日やったことと同じことを、同じ時間にする。
それは精神的に安定する感じがした。
その日に与えられたテーマは「白を体験する」
白の性質としてあげられるものが黒板にかかれ、
先生が話をしてくれた。
みんな思い思いに描く。
描き終えた頃、描いた絵を並べ
描いてみてどう感じたかを発表しあい、
描いたものをみて、何を感じるか感想を言い合った。
絵の授業を終えた後、
みんなで美術館に行った。
ドイツには美術館がとてもたくさんあり、
小学生から学生までは無料だった。
この感覚は日本にはない。
日本で美術とは芸術とは、お金持ちの贅沢品という印象がある。
しかし、ドイツでは芸術とは
生活に必要不可欠のものとして、そこにあった。
美術館では、ひとつの作品を
みんなでとりかこみ、テーマが与えられ、
じっくりとそれを味わう時間をとった。
そして、その後、輪になって、その作品を囲み
自分が感じたことを話し合う。
やってみると、なかなか面白い時間だった。
細い体をした女の人の体の彫刻があった。
それが今日のテーマだった。
胴のようなもので作られ
指で形を作ったかのようにでこぼこしていた。
3つの彫刻があり、
左から順にどんどん細くなっていった。
体が細くなっていったというより、
私には「存在」が細くなっていっているように感じた。
それなのに、足の先は大きく、足そのものは細かった。
きをつけをしているように、手はそろえて体にぴたっとついており、
足もまた、閉じていた。
直立不動。
そして、その周りに
その女の人と同一人物であると、私には感じられた女の人の絵。
最初みていたら「劣等感」を感じた。
コンプレックス。
劣等感を感じたとき、人の存在はこんなふうに細くなっていく気がした。
そして、ずっとみているうちに、
劣等感というよりは、存在そのものを感じた。
この彫刻を作った作者が、描いた対象である、愛する人の存在そのものを
感じ取り、描こうとした作品。
その余計な部分、目には見えるけど、やがては老い、形を変えていく部分、
そういったものを極限まで削り取り、その人そのものを描こうとした。
そして、移ろい行く愛から永遠の愛にたどり着こうとした。
そんな風に感じ、思った。
ひとつの作品をこれだけの時間をかけて感じとり、
入り込み、話をする機会など、今までとったことがなかった。
日本でこれをやっても、変な人扱いなのだろう。
ドイツの文化には、このような時間を作る土壌があった。
教育はそれ単体では存在し得ない。
その国の文化と歴史、生活と習慣の上になりたっている。
「感じ取る授業」を終え、昼食をとった。
昼食をとった後は昼ねをした。
ここシュトウットガルトは、大都市であるが
高低がある。
どこにいくにも、かなりの坂を上ったり、降りたりしなければならないため
住めば、きっと体力がつくだろう。
そんなわけでよく眠った。
午後、絵の授業があった。
自由に描いてよいとのことで、今度は薄い、淡い色で描いてみた。
その後、町で夕食をとり、
7時から、輪になって、休日の間、どのようなことをしたのか
長い休日をおえて、今、何を感じているのかを話し合った。
そのミーティングをおえた後、それが最後の夜だったこともあって、
Jugendseminaの先生から、
「なぜ、ここにきたのか。来てどう感じたのか。」を聞いてくれた。
私は小学校で教員をしていたこと、
国の教育は好きになれなかったこと、
インターネット上で仕事を完結させて、どこででも仕事ができる状態にしていること
そして、これからの道を模索していることなどを伝えた。
先生は興味深く聞いてくれ、
いろいろと助言をくれた。
日本に戻ったら、たずねてみると良いという人の住所や電話番号まで
ことこまかに書いてくれた。
私たちは深く礼を言い、
明日の早朝の出発に備えて、眠った。
暖かい夜だった。
