おずのひとりごとです。
メルマガ書いていて
いろんな人からメールもらって
気づいたんですが
幸せな人と幸せじゃない人っているんです。
で、幸せな人は、最初から最後まで
ずっと幸せみたいです。
幸せじゃない人っていうのは
最初から最後まで幸せじゃないみたい。
これ、みてると
はっきりわかるんですね。
幸せが寄り付かないというか、
縁がないって感じの人いるんです。
少なくないです。
なんなんだろう、これはとおもって
よくよくみていると、また、さらにひとつ気づいたことがあって。
それは
幸せな人は幸せだから、何かをしている、というようにみえるんです。
で、幸せじゃない人っていうのは
幸せになるために何かをしている、っていうようにみえるんです。
わかります?
それをずっと繰り返すわけです。
で、繰り返すっていうことは
それが状態になるわけで。
幸せになるためになにかをするっていうのは
今、現在、幸せではない必要があるわけです。
幸せだから、何かをするためには
今、幸せなんです。
結果として。
結果が状態になる。
前提が、状態になる。
で、一旦、幸せになると
幸せじゃなくなるっていうのは
多分できません。
じゃあ、幸せじゃないところから
幸せにいくことはできないのかっていうと
それはできます。
知らないか、忘れているだけだから。
どうしたら、できるのか。
それがね、感謝っていうやつだと思うんです。
感謝っていうのは、まぁ、本来は
意図的にするものではないと、思うでしょう。
しかし、かつて、話したことがある中国の方がいて
いつも、本当にいい笑顔なのですね。
中国の人って美人多いですよね。
なんともいえず、魅力的な笑顔をします。
で、どうして、そんなにいつも、笑顔でいるの、と聞いたことがあります。
すると、「幸せになるため」だという返事が返ってきました。
このように、積極的に感謝、笑顔、というものを
使うこともできるのですね。
で、効果があります。
しかし、幸せではない人の多くは
その効果がまず、信じられないし、
信じても、なかなかやる、というところにいたりません。
体が拒絶するんです。
嫌だと。
うんざりだと。
ほっといてくれと。
自分はこういうやつなのだと。
そう、居心地がいいんです。
不幸っていうのは、結構。
だから、選択なんですよね、結局は。
いずれにしても選んでいるということだけは確かです。
その認識があるかどうか。
不幸というのは
認識しない、ということを選んでいるような状態のことだと
私は思います。
