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■ネットと精神年齢
とあるアフィリエイトのASPの社長さんと
チャットしてたとき、こんな話を聞きました。
「この業界は
精神年齢はすごく低いです。
個人的な感情で
規約をたてに、好き勝手なことをする人が
少なくありません。」
え?どういうことですか?
「例えば、ランキングで上位の人が
ライバルの会社を使っていたりしたら
そのサイトをランキングから消すとか。」
はぁ。
「しっかりと文を読まずに、
一部分に感情的になって、
気に入らないから削除とか。」
へぇ、そうなんですか。
「それならまだいいほうで、
わざわざ削除するサイトの持ち主の感情をあおって・・・(以下中略)
ここではかけないディープな現実を
たくさん聞かせて頂きました。
そこででてきたASPやランキングサイトは
少しやっている人なら、誰もが知っている
超有名サイトばかりです。
で、当時はこの話の意味がよくわからなかったんですが、
最近、この手の現実を目にすることが多くなりました。
確かに、問題解決の方法としては
あまりに短絡的と思うことがあります。
で、なんでなのか、ということなんです。
実は逆の立場に立つこともあります。
私は今、書いているこのメルマガも
読者は現在10万部です。
一通書けば、それに対するお返事を多数頂きます。
こちらにその頂いたメールと
お返事を紹介しています。
届いたメールのご紹介
http://oz8.buroguafirieito.com/cat59/
そのメールのほとんどが嬉しいメールです。
役に立ちました、ありがとうとか。
こんな情報もありますよ?知っていますか?とか。
メルマガに対する読者様からの
返信内容がそのまま、多くの人に役立つものが多いからこそ
メルマガやブログでご紹介させて頂いています。
そして、一方では
日本語として意味が分からなかったり、
初対面の相手に送るメールとしては
いくらなんでも、というメールもあります。
で、ここからは推測ですが
ASPであれ、ブログの会社であれ、
おそらくそういった、「言葉のやりとりが通じない相手」を
ものすごい数扱っているであろうことは、
容易に想像できるわけです。
そして、そういう人に応対する人のほとんどが
会社に入りたての、まだ、仕事が覚えたての人かもしれません。
上の人に
「なんとかしろ!」と言われ、
状況もよくわからないまま、基準をみつつ、削除したり、
返信したり。
ということをしているんだと思います。
ベテランがこういう作業をすると思いますか?
よく考えてみてください。
IT系は常に人手不足です。
スキルがある人は、すぐに膨大な量のプロジェクトを任されます。
アフィリエイターが40万人いたとして。
ブログを作っている人が100万人いたとして。
それを一括して、まとめなくてはならなくて。
不正をする人が数多くいたりして。
それに対応しなくてはならなくて。
おそらく、ラクではないと思います。
人もそれほど多くはなく、また、
教育もする時間はほとんどないのではないでしょうか。
私も今まで、複数のIT関連企業と呼ばれるところで
仕事をしたことがありますが、まともに教育をするところは
ほとんどありませんでした。
まぁ、仕事しながら、覚えるしかない、というのがありますし、
実際、そうですから。
こういう現実がある。
で、もうひとつ、言いたいことがあるんですが、
パソコンを仕事にする、というのは、
人によっては「人間関係がいやだから、つきあいたくないから」
という動機で(意識であれ、無意識であれ)する人もいるわけです。
で、そういう動機ではなくても
パソコンの仕事というのは、人の関係が希薄になりがちです。
するとどうなるかというと
成長する機会が少なくなるんです。
成長というのは
人とのかかわりの中で
なされると思います。
人と関わったり、行き違ったり、する中で
自分が見えたり、人と自分の違いが見えたり。
しかし、人とのかかわりがないと
そういう機会そのものがない。
すると、どうなるかというと
自分の思い通りにならないことは、相手が悪い、という
考え方をしやすくなります。
自分というものから距離をもてないわけです。
これが精神的未熟ということです。
「自分って未熟だなぁ。」
そう思えるなら、それは相当、
成熟していると私は思います。
「自分って完璧だ。まわりはバカばっかりだ。」
ちょっと気をつける必要があるかもしれません。
そう思ったり、感じたりするのは勝手ですが、
孤独ではないですか。
誰かあなたに、自分の相談をしてくる人がいますか。
私は最近、ネットで稼ぎたいという人に
「ネットで稼げるようになっても
仕事をやめることはおすすめしない。
仕事はやめても、サークルやボランティアなど
直接、人に会って、会話をしたり
役立つことをする機会を作ったほうがいい。」
と言っています。
それは人との関わりの中でしか
成長できない、という理由からです。
で、私自身、人とのかかわりを断ってきていることを
告白します。
人との関わりほどめんどくさいものはないと思ってましたし、
今もその傾向はあります。
なんで、こんなところでつまづいているんだとか、
なにをわけのわからんことをとか。
結構、思う人です。
で、かかわりを持たないようにしようと思えば
いくらでもそうできる環境があります。
実際、1日に人と会話をしない、という日がある時期を
過ごしていたときもあります。
で、その危険性を知っています。
自分が見えなくなる。
これが一番、怖い。
私の知っている限り、最も恐ろしいことはそれです。
自分が世界で一番、偉いような気にもなれば、
自分がゴミ以下のように感じるときもあります。
認識できないものは
コントロールができません。
コントロールができない、ということは
なにをするかわからない、ということです。
最近、信じられないような事件がありますが
それもおそらくは、こういう「自分が見えない状態」で起きていると
思います。
その背景には
人が孤独になっている。
というのが、どうもからんでいると。
おもうわけです。
で、これは、静かに広がるという特性をもっています。
闇は見えづらい。
それの対策はまず集うこと。
パソコンや携帯メールではなく、
実際にあって、人の目をみて、話す環境をもつこと。
人の目には、見るだけで、人を癒す力があると
誰かに聞いたことがあります。
私もそう思います。
人の手からは、ほかのなにも発していない
癒すエネルギーがでていると聞いたことがあります。
これは、私は体験を通して
実感しています。
人には癒しが必要です。
そして、それは
いままであたりまえだったことを
あたりまえにしているなかで
なされてきたことです。
それがあたりまえではなくなってきている。
そこに歪みがあります。
集うこと。
実際に会い、話すこと。
触れること。
人間である以上、
それはご飯を食べるのと同じくらい
必要なことだと私は思います。
