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■自分を解放すること
思い込み。
これが、自分を縛る、唯一のものだと思っています。
自分の思い込みに気づき、そうではないことを思い描き、実行する。
これをしただけ、自由になってこれた気がします。
以前、人脈などいらないと、このメルマガで書きました。
実にたくさんのメールを頂き、
その全員が、共感するとのことでした。
翌日の「それでも自立には依存が必要」という記事をみて
「甘い」「ゆるい」とお叱りを受けたほどです。
人脈が、きっかけになる、ということはあるんです。
人脈、というのは正確な表現ではないですね。
人の有様を見て、ということです。
それはむしろ、その人にしてもらった何か、というよりは
その人がやっていることやその人のありさまをみて、
自分にもできそうだと思ったり、やってみたりして、ということだったりします。
人の為と書いて、偽と読みますが
本当に、人の為というのは、
いいか、悪いかは別として、つまんないんですね。
やってるほうもつまんないし、やられているほうもつまんないんです。
人に助けられないと生きてはこれない、といいましたが
これもやはり嘘です。
自分だけで、生きていけます。
自分だけでやれる人が、
人とも一緒にやれます。
自分の足で立てない人が、人と一緒になんかやっても、何もできません。
いつのまにか、自分の仕事を相手におしつけ、
それがさもあたりまえのような顔をして、被害者ぶったりします。
しかし、そういう人の被害者もまた、どこかで誰かを頼っているわけです。
依存のしあい、これを共依存と言います。
本当に自立していたなら、
相手につけいるすきを与えないわけです。
依存させてしまったなら、自分もまた、どこかしら依存しているわけですね。
依存をやめたら、依存もされなくなります。
では、どうしたら依存がやめられるか、ということなのですが、
ゲド戦記の1巻の最後の方に次のような言葉があるんです。
「自分自身の本当の姿を知る者は
自分以外のどんな力にも
利用されたり支配されたりすることはない。」
自分を知る、ということ。
なんですね。
自分を知る。
難しいですね。
少なくとも、学校では教えてくれませんね。
学校で教わるのは、自分以外のことです。
自分以外のことは、なんでも教えてくれるけど、
自分のことだけはなにもしらない。
ほとんどの人は
このことに、何の疑問も持たずに死んでいきます。
しかし、
ふとしたきっかけで「自分って何だ」などと思った人が
「その扉」を開くわけです。
これは、教えてもらうものではありません。
そのことは、言わなくても分かるでしょう。
教えてもらうということ自体が
あなた以外のものをさしているわけです。
あなたが、あなたを知りたいのであれば
教えてもらうこと以外の方法が必要です。

