■丁寧さ
ある機会があって
自分が歌っている姿を
映像でみたことがありまして。
そのときにおもったのが
なんて、雑なんだろう、ってことなんです。
雑、なんですね。
みていると。
指も、声も。
体中から、雑がにじみでている感じなんです。
なんでなんだろうって思って
消したくなる衝動を抑えて
じっとみてたんですが
伝わってくるのが
「どうせ、俺なんて。」
という響きなんです。
どうせ、俺なんて。と。
自分で自分をさげすんでいるんです。
どうせ、できないよ。
どうせ、まともにはできないよ。
どうせ、自分なんて。
最初のうちは
ごまかせていても、
だんだんみえてきてしまいますね。
こういうの。
根本にあるもの。
私は
自分のことを馬鹿だと思っている
傾向があります。
何をやっても長続きしないし、
また、何をやっても、上達ってことがない、
体験が積みあがらない、ように見えるんです。
また、よく忘れます。
それがなかったら
全て無意味になるようなことを
ベストタイミングでよく忘れます。
たまに
そういう自分に気づいて
よく生きているなと感動することすらあります。
基本が投げやりな感じがあるんです。
うんざりしっぱなしのような。
やめたくなるような。
で、わかったふりして
自分なりに結論をつけて
かたちにしてしまう、という傾向があります。
見栄です。
そうやって無理やり、結論をつけないと
誰に何を言われるか、分からなくて
怖くて仕方がないわけです。
そうやって、逃げているわけですね。
ありのまま、から。
物語であれ、
なんであれ。
見えないようにする
ひとつの手段かもしれない。
夢さえ。
ありのままの
からっぽさ。
ありのままの
ひ弱さ。
結論の無い
ふがいなさ。
解決なんて、
する必要がないかもしれないんです。
ただ、ありのままさえ
みえたら。
そんな作り話、しなくていいかもしれないんです。
丁寧さ。
丁寧であることほど
めんどくさいと感じるものはありません。
丁寧さよりも
数、量、力を求めてきたわけです。
丁寧=バカの面倒をみる と思っている傾向があります。
丁寧=バカと付き合う、と思っているふしがあります。
そんな思考の根本は
やはり、家族にあるんだと思います。
言葉が通じない世界。
誰が原因とかは
もう見る気もない。
ただ、ひとついえることは
言葉が通じない世界にいたということだろうと。
だから
どうせわかってもらえない、というのが
実に強いのだろうと。
そうやって、
ぼやかしてきたのだろうと、
思うわけです。
そんな自分に
いかに丁寧に接することができるか。
今、それがテーマなんだと
感じています。
ありのままをみるのは
実に今の私にとってはつらいものです。
できないことだらけ。
みっともないことだらけ。
許せなくなります。
本当、なんで生きているんだと思う。
つらさ。
こういったことを
なかったことにして
うわっつらで笑っても
やっぱり、見えてくるのは雑さで。
だから、
置き去りにはできないんだなと。
丁寧さ。
そういう気持ちを
姿を、したいことを。
つぎのことを。
ひとつひとつ丁寧に。
自分と会話しながら、
進めること。
それが、どうもテーマっぽくて。
ぼやかさず。
みて、判断して、決めて、歩いて。
丁寧な自分。
ひとつひとつ、
おわらせていく自分。
海の近くにこれたのだから。
やっとこれたのだから。
逃げの手段ではなく。
ここから。
