おずぃぢゃ。
その周り、というお話。
人は本当にしたいことがあって
それにうすうす気づいているとき、
その周りのことを、やってみる、という人がいる。
例えば、
歌がうたいたい人がいて、
とりあえず、歌を歌うにはギター、などといい、
ギターの練習ばかりする。
そして、
やっと歌に入ったかと思えば
歌を歌うには
まず、声が出る仕組みから、とか、
音楽学校に入らなくてはとか。
よいマイクが必要ね、とか。
作曲するのに
DTMを勉強しようとか。
それら全ては
全く無意味でもないし、
あってよいことではあるが、
それが「逃げの手段」になっている場合があるのぢゃ。
うたいたいなら
まず、うたえばいい。
うたう機会を作ればいい。
うまくなってから、
といったって、
どこまでいっても、常にテーマはある。
だから、
まずは、ライブハウスなどでうたい始めたらいい。
その勇気もないなら
ライブハウスに歌を聴きに行けばいい。
この人でもやれるのか、と思うぢゃろう。
なら、自分も、と。
決して、完璧な人、
うまい人のみが、その職業なり
なんなりをしているわけではない。
で、そのことすらわかっているのに
やらないのはなぜか。
怖いからぢゃ。
本当にしたいことというのは
怖いのぢゃ。
できなかったらどうしよう、と思う。
近づけば近づくほど、
怖くなる。
そして
本当にしたいことだけはしないために
いろんな、ややこしいことをする。
人のせいにしたり。
人の世話をしたり。
人のサポートをしたり。
いずれも、逃げぢゃ。
どこかでうすうす気づいているから
ますますいらだつぢゃろう。
本当にしたいことを
今、始めなさい。
そなたは、本当にしたいことをしていい。
そのために生まれてきたのだから。
他のことの全てをおいておいて
今、したいことを、し始めなさい。
なんとか、なるから。
心配していることは
起きないから。
そのままでいい。
今、いるそこからが
いい。
そこだから、いい。
始めなさい。
小さな火を
消さないように
まきをくべるように。
少しづつ、丁寧に。
やる気なんて必要ない。
燃え上がるような情熱なんて、
なくてもいい。
死んだ魚のような目をもつ
自分であっても、いい。
希望も、可能性も
まぶしい光も
深い闇も
絶望も
あってもいいし
なくてもいい。
そこから、
今、いるその、曖昧なそこから。
始めればいい。
