おずぃぢゃ。
なぜ、自分はこうもうまくいかないんだろう、
という人へ。
うまくいかない、ということ。
なにをしてもうまくいかないと
感じるとき。
いつも同じところでつまづく。
積みあがらない。
そういうときが
あるかもしれない。
そんなとき思うのぢゃろう。
なぜ、自分ばかりこんな目に。
なぜ、自分はこんなに不運なのだろう。
なぜ、こんなに、先に進めないんだろう。
そうやって
自分を責める方々。
確かにできないことが
あるのかもしれない。
今日はうまくいかなかったのかもしれない。
その上で。
うまくいってあたりまえ、と思っていないかな。
なにもかも
自分の思い通りにいって
あたりまえと
思っていないかな。
うまくいかないであたりまえ。
と考えてみてはどうぢゃろう。
まるで進めやしない、と思っているとき
進めないであたりまえ、と思うと、
今日やったことが10あったうち
9はまるで先にすすめなかったけど
1はできた。
1は前に進めた。
すごい。
万歳。
こんな感じ方が
あるのぢゃ。
自分はできない、と自分を責める人。
彼らを見ていると
ほとんどのものが、自分にできる努力や練習をしない。
そして、実際にやるだんになって
できなくて
なんで、自分はできないのだろうと責める。
できて、あたりまえと思っている。
思い通りにいってあたりまえと思っている。
速い話が、うぬぼれているのぢゃ。
幸いなことに
人は不完全にできている。
転ばなければ
自転車に乗れないようにできている。
だから、
努力したり、練習したりする、ことができる。
成長する、という喜びを
味わうことができる。
まるで進めない、と思う人。
そなたのしごとは
自分を許すことぢゃ。
人の期待にこたえられない
自分を許す。
自分のありのままを許す。
人の評価の規格にあわない自分を許す。
それがそなたの仕事ぢゃ。
誰が認めなくても
そなたは死なない。
誰もに見捨てられても
そなたは、死なない。
そのことを
知り、学ぶチャンス。
そなたは、そのままで生きられる。
誰の期待にこたえなくてもいい。
自分がやりたいようにやっていい。
誰もそなたを裁かない。
そなたのみが
そなたを裁き、評価し、苦しめることができる。
あの人が、と言ってはみても
その人の評価を採用しているのは誰かな。
誰かになれば受け入れられるかもしれない。
しかし、それでそなたは満足かな。
そうやって
いつも窮屈だったのではなかったかな。
そなたとは、何かな。
