おずぃぢゃ。
親の仕事について。
親が子にできること、
しなくてはいけないこと。
これは、
ひとつしかない。
子がひとりで
生きられるようにすること。
そなたが死んでも
子は生きる。
いつまでも
一緒にいられるわけではない。
いつまでも
守れるわけではない。
そなたが、
いずれそばに
いられなくときが
必ずくるのぢゃ。
そのとき
ひとりでも
生きられるようにすること。
これが親の仕事ぢゃ。
依存をさせたとき
子は、そなたがいないと
生きられなくなる。
甘やかすことは
愛ではない。
やさしくすれば、
楽ぢゃろう。
好かれたら
楽ぢゃろう。
しかし、
叱るときには
叱らなければ。
受け止めたとは
言えない。
甘い環境で育った子は
甘い環境でしか
生きられなくなる。
人とぶつかりあって
理解しあう、ということを
避けて生きるようになる。
その子が
その壁を越えるまで
その子は孤独でひとりぼっちぢゃろう。
育てるとは、
奇麗事ではない。
育てる方も
完成された者が
育てるわけではない。
そして、
人それぞれ、テーマがある。
■おず君について
おず君にもまた
テーマがある。
彼は親にコントロールされ、利用された
と思っている。
そして、今もまた
人にコントロールされたり、
支配されたり、
利用されたりすることを
極端に恐れ、
避けている。
人にコントロールされる、と感じたとき
なにを捨てても、
そこから去る。
彼がこれほど
自由を求めるのも
旅を求めるのも
一方では
束縛されたくない
コントロールされたくない
支配されたくない
という強い欲求があるのぢゃ。
彼は
親から逃げている。
親に勝たなくては。
親から逃げている。
■おず君のご両親
おず君の親。
悪い人達ではなかったが
ふたりとも精神的に
信じられないほど幼かった。
子どもが
子どもを育てるような感じだった。
特に母親は
子どもに愛されようとし
子どもに愛されないといじける傾向があった。
おず君が
相談役だった。
両親の互いの悪口を
おず君が中に入って聞いていた。
こうなると
怒りすらもてない。
なくことすらできない。
自分が親なのだから。
いかに常識はずれであっても
子どもにとっては
それが現実。
それにあわせることが
生きることぢゃ。
おず君は今でも
泣いたり、怒ったりということができない。
自分が親だと思っている。
相手の親を演じる。
そして、
親を求める人が
寄ってきてしまう。
おず君。
君は親になる必要はもうない。
君は子どもとして
泣いたり、怒ったりしていいのぢゃ。
物分りがよくなくていい。
もっと
自分勝手でいい。
自分がしたいことをしていい。
自分をあとまわしにしなくていい。
