ブログランキング
■原因
メールを頂きました。
「初めまして。Mと申します。
いつも、おずさんのメルマガ、本当に楽しく、
また興味深く読ませていただいております。
触法精神障害者を癒すことができるだろう?
の話、読ませていただきました。
大変、興味深い内容でした。
この中で、共感できる部分があったので、
是非書かせていただければと思い、メールさせていただきました。
その前に、私の事について少し書かせて下さい。
私は現在、43歳で実は無職です。
妻もあり、子供も2人います。
今まで、実に様々な仕事をしてきましたが全て、うまくいきませんでした。
自分で会社を作っては失敗して、また店を開いて売り上げが延びず失敗して、
ついこの前の保険の営業も5年間やりましたが、最後の最後に数字が届かず、
代理店として独立間際で首になり、ほとほと自分というのが、いやになりました。
只、私自身は働くというのが嫌いではないので、家族のためという事もあり、
一生懸命に働いてきたつもりです。
土曜日、日曜日も派遣でホテルにアルバイトにいき、
お昼は節約のため弁当を持っていき、
将来また独立して会社を設立したいとの事で、頑張ってきました。
それが、前文の通り、最後の最後でいつもうまくいかず、
保険の会社を首になった後は、何としてもまた再起してやるとの思いで、
ある調査関係の仕事を始めようと、代理店契約を結んだものの、
そこは出鱈目な会社で結局騙されて、200万円程騙し取られました。
実は、このように騙し取られたケースがこれで2回目です。
このとき程、自分がいやで嫌いになった事はありません。
もう俺は何をやってもダメな人間なんだ。
生きてる価値のない、生まれてこなけれよかったのではないかと・・・・
このまま自殺でもして、家族には生命保険で何とか今後の生活にでも
支障のないよう、などと何度も考えた事もあります・・・・
本当、子供じみた考えをする自分が情けないです。
また、次の仕事をいろいろ考えているのですが、
頭に浮かんでくるのは最後の最後に失敗する事ばかりです。
もう夢はあきらめて、奴隷のごとく今までの家族への罪ほろぼしに
時間で働いていくしか、能がないのか・・・・・・・
俺は、成功なんかできないような運命なのだ・・・・
今は妻のパートと自分のアルバイトで少しずつの生活のたしにしているのですが、
もうそろそろ限界にきている状態です。
こんな自分がいやでいやでたまりません・・・・
最近では、意味もなく心臓が高鳴り、朝がなかなか起きられなくなり、
考える事は悲観的な事ばかりです・・・・
これが、よくいわれるうつ病などになる人の前兆なのだなと・・・・・・・
感じます。
そこで、一念発起しておずさんのメルマガを読んで、
ネットビジネスで再起してやるとの思いで、日々取り組んでおります。
まだ報酬は出ていませんが、ここであきらめたらまた最後は失敗の連鎖だと思い、
何とか結果を出してやるとの意気込みでやっております。
長くなりましたが、ここから少し私の考えをお聞きいただければと思います。
今までの自分の人生を振り返り、いろいろ考えてみました。
すると、ある事を感じました。
いつも、自分は目にみえない怒りと無力感を持っていたように思います。
それは何故かいろいろ考えてみました。
実は私には養子に行った1歳違いの兄がいます。
その兄が私と違い出来がよく、母が養子にやった事をとても悔やんでいました。
そして幼い私はよく母親から、あの子(養子に行った兄)を養子にださなければ、
お前を生まなかったのに・・・・・・
あの子を養子に出さなければ良かったと・・・・・
母親にしてみれば、有無も言わさず父方の親に父の兄弟に子供が出来ないので、
養子にやってくれと手放した兄の事が、
悔しくてしょうがなかったのだと思います。
今は、もう亡き母親や父親の思いも分かる気がします。
しかし、幼い頃の私はその言葉が何故か脳裏に焼きついたのでしょうか、
自分なんてこの世に生まれてこなければよかった存在だったのかと、
思うようになった気がします。
そして、よく母親から生まなければよかったと言われる度に、
じゃ何故生んだんだという怒りの感情が、芽生えたのではと思います。
その頃の体験があるからでしょうか、私は何か失敗する度に、自分が憎くて、
許せなくてたまりません!
そうです。自分を好きになれないのです。
この感情が、全て今までの自分を振り返り、
うまくいかない原因の一つではないかと感じます。
私もおずさんと同じく、愛とかいう言葉が大嫌いです。
愛などで、人が救えるものか・・・・・・
意識を自分に向ける事なんかで、
救われるのなら皆がもっと幸せになっているだろうと・・・・・・
でも、今は違います。
やはり人には、愛とは大切な事だと思います。
それには、まず自分を好きになる事だと思います。
自分の存在を認めてあげる・・・・・・・
自分が生まれてきた事には、意味があるのだという事を・・・・・・
私におきかえると、今までうまく行かなかった事も事実として、
受け入れる事が大事だと。
結果的には失敗したが、
でもあの時は家族のため自分のために一生懸命に頑張った結果なのだと。
お前は、精一杯やったではないか。十分だよ。
誰が何と言おうと、俺はお前(自分自身)を信じていると、
そして愛していると・・・・
私は、うつ病になる人や精神障害の病気になる人全てとは言いませんが、
何だか共通して言えるのは、完璧を求めすぎて、うまくいかない自分を許せない、
愛せない事が原因の一つではと思います。
周りに一人でも、お前は精一杯頑張ってるよ、今のままでいいんだよ、
お前の事を愛しているよと、一声掛けてくれる人がいれば、
どんなに救われる事か・・・・・・
全てを受け入れるというと、とても重い感じがするので、
今の苦労も喜びも悲しみもある人生が、
たまたま自分しか経験できない人生だったと思ってみては、どうでしょうか?
おずさんがよく言われていると思うのですが、自分はあなたにはなれないし、
あなたは、私にはなれない・・・・
つまり、あなたが歩んできた人生はあなただからこそ、
経験できたこの世でたった一つしかない、
あなただけのライフストーリーなんだと・・・・・
つらい経験も、悲しい経験も、貧乏な経験も全て、
あなただからこそ経験できたのだと、思ってはいかがでしょうか。
また、このあなただけのライフストーリーは、
今後もあなたの手によりいかようにも作りあげていく事が出来るのだという事を、
忘れないで下さい。
そのように考えると、後ろなんて振り返ってなんかいられません。
過去など、悔やんでなんかいられません。
こんなエキサイティングな人生に、生れ落ちた事を、
今では亡き両親にとても感謝しております。
今思えば、私は本当に自分を痛めつけてきた様に思います。
何かあれば、すぐに自分のせいにしたりして何でも自分が悪いのだと・・・
自分を愛せない人間が、成功などするはずがありません・・・・・・
自分を愛せない人間が、周りの人を幸せになど出来ません・・・・・
ましてや、自分を信じられない人間が誰かを本気で好きになる事など、
出来ません・・・・
人間って、本当不思議ですよね。
自分のせいにしている人間は、実は心の奥深くに自分に対する目に
みえない憎しみを持つのです。
その憎しみが、今度は自分が成功できないのを周りのせいにしだすのです。
あいつがいるから、金持ちじゃないから、運がわるいから、
世の中がわるいから・・・・・・
まずは、自分を認めてあげてそして自分を好きになる・・・・・
この事を自分の課題として、今取り組んでいます。
私は今、何かこのように自分みたいに悩んでいる人達に、
もっと夢や希望を与えられる仕事をしたいと、考えております。
ネットを通して、商材の作成やメール相談なんか出来ないかと考えております。
そして、年間3万人以上とも言われる自殺者の数を、
少しでも減らせればとの思いです。
長々と書かせていただきまして、失礼いたしました。
私も悩める人間の一人として、まだまだ自分という者と格闘の身でありますが、
どうしても書きたいという感情が先走りまして、書かせていただきました。
おずさん、これからもメルマガ楽しみにさせていただきますので、
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
では、失礼いたします。
PS: 私も日給8万円の商材のお陰で、メルマガ発行できました。
この商材に出会えた事を、とても感謝しております。
M」
メールありがとうございます。
読ませていただきました。
頂いたメールの内容そのものよりも
自分以外のだれかの為に
メールを書こうというMさんの動機、心の変化に、心打たれました。
振られた人がすぐに元気になる方法というのがあるそうでして
それは、他に振られた人をみつけて、その人を元気付けることだそうです。
これは確かに、その通りだと思います。
で、私は今まで
自分の未熟な部分、子どもの部分、そういうものを
無視しすぎてきたように思います。
見せているほど、物分りのよい人間ではない、
ということに、最近、気づきつつあります。
それをそのまま、表現することが
私なりの、自分の受け入れ方、です。
で、その結果、
こんな風に元気づけようとしてくれる人がいて。
で、おそらくは
その行為自体によって、その人自身が元気づいていると思うんです。
結果として。意図せずして。
それにしても、
メルマガを書き始めて、
いかに「いらない」というメッセージを親から受けて
鬱になっている人が多いかを、思います。
本当に多いんです。
有言であれ、無言であれ。
今日、私が見た夢も、
かつて、母親が2週間ぐらい家を空けたときの風景でした。
カレーを作っておいてくれたんですが
1週間目ぐらいから、腐敗し始め、
帰ってくる頃には、ものすごい悪臭を放っていました。
捨てて洗えばいいのですが、
私は何かを訴えたかったのか、それを洗わず、そのまま放置していました。
で、それをいいとか、悪いとかで判断したくないわけです。
こんなくらい話、メルマガで書くのもどうかと思いますが、
表現をしたい私としては、こういう話こそ書きたいとも
どこかで思っているわけです。
書くことによって
表現することによって
手のひらにのせることができ、
そこから変えていくことができるから。
