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■批判と恐れ
たまには昔の話を。
僕は、中学校のとき
結構、がりべん系でした。
痛々しいくらい。
で、人のことを
馬鹿にしていました。
まぁ、中学が荒れていたというのも
ありますが。
中学って荒れますよね。
たぶん、荒れなきゃいけない、時期なんじゃないかと
思います。
で、人のことを馬鹿にしていたし
批判もしていた。
なんで、そんなことをしたのかなと思ったら
自信がない、っていうのがひとつ。
自分のやってることに
確信がもてなかった。
だから、批判する、馬鹿にする、という形で
バランスをとっていたんです。
で、あともうひとつは
寂しかった。
人に対するかかわり方がよくわからなかった。
中学のとき、
告白されたことがあります。
その人のことを
僕も好きでした。
小学校5年生くらいから好きでした。
ある日、学校帰りに友達と歩いていたら
その子が来て「一緒に帰ろう」っていうわけです。
相当、勇気出して言ったんだと思います。
で、そのとき、
僕はなんていったかというと
「俺、そういうことに興味ないから。」
今、思い出すと
そのときにタイムスリップして
まず、その自分のことを殴りたい。笑
とりあえず、殴りたい。
気が遠くなるほど、
不器用なんですね。
今はさすがにそれはやりませんが、
でも、なんか、その傾向が残っている気がします。
で、なにがいいたいかっていうと
批判するっていうのは、
だから、自分はしないんです。
おずさんて人を批判しないですねー、と言われますが
私は結構、批判傾向の強い人間です。
でも、なんで、それをしないかというと
苦々しい思い出があるということ。笑
言うことがあるとすれば
本人に直接。
さすがに公に
誰かを批判する勇気はありません。
なぜなら、
これもあとから気づいたことなんですが
批判する内容って、
案外、自分もやっていたりするんですよ。
自分がやっていて
そのことになんらかの罪悪感があるから
人を批判してバランスをとっている、と思うんです。
そうじゃなきゃ、
批判するってところまでいかない気がします。
だから、罪悪感を感じることは
はじめからやらない。
そうすれば人を批判する必要もなくなります。
だいたい、人を批判する人って
みていると自分のサイトやブログや実績を
目に見える形で示すっということをしないように見えます。
でも、それを見せるなら、
自分がこうした結果、
こうなった。
これだけで話が終わるわけです。
人を批判すればするほど
シンプルではなくなると思います。
批判をやめればやめるほど
シンプルでいられます。
■かかわり方
昔、小4ぐらいのころ、
近所に、同様に不器用なやつがいて。
まぁよく遊んだんですが、
たまにけんかもしました。
けんかして
もう二度と、顔もみたくないとか
思うんですが
翌日あたり
ベランダでほしてる布団の上にのっかって
昼ねしてたら、
そいつが、近くの木にむかって
石を投げて、投球練習してたりするわけです。
で、それは合図なわけです。
それみると、なにしてんのとかいって
また、声かけたくなるわけですね。
お互い、
どうしようもなく不器用なのですが、
でも、関わりたいというのはあるわけですね。
器用である必要があるかっていったら
そうでもなくて。
かかわりたいって思ってることと
実際にかかわってみるってこと。
これだけだと思うんです。
これをできないとき
しないとき、
その理由が必要になる。
つまり、
人を馬鹿にしたり
批判したり。
シンプルではなくなっていくわけで。
でも、それもまた、
なんというのでしょうか。
決して、無駄な時間とか
思わないんですよねぇ。
そのときはそのときで
一生懸命生きていたのは事実だし。
そのときなりの
自分のベストだったと思います。
